俺が業界のど真ん中を突っ走ってやる 長州力の黒歴史となってしまったWJプロレス
プロレスラーは、マイクパフォーマンスで数々の名言をこの世に誕生させてきました。
そのマイクパフォーマンスに私たちファンも同じように、熱くなり興奮し、それによってストレス解消をしていました。
そんな熱いプロレスラー達が残した熱い名言をまとめていきたいと思います。
俺が業界のど真ん中を突っ走ってやる
~2002.10.10 長州力の名言~
1998年に一度引退した長州力でしたが、大仁田厚からの挑戦をきっかけに2000年7月にプロレス復帰をはたしました。
選手兼現場監督として、新日本プロレスを掌握した長州力ですが、それも長くは続きませんでした。
この時期の格闘技界は、新しい流れができつつありました。
K-1やPRIDEによる台本のない戦いです。
この黒船の来襲は、プロレス界にも大きな変化を与えました。
アントニオ猪木は、このK-1やPRIDEのリングへ新日本プロレスの選手を次々に上げていきます。
そして、それが結果として、プロレスの権威を地に落としてしまいました。
そういった新日本プロレスの流れに嫌気が差した武藤敬司は、新日本プロレスを飛び出し、全日本プロレスへと移籍します。
しかも選手としてだけではなく、そのまま社長へ就任してしまいました。
この責任を取る形で、長州力は現場監督を降ろされてしまいます。
これを機に長州も新日本プロレスを飛び出し、WJプロレスを立ち上げます。
長州力が目指したのは、かつての新日本プロレスを継承したストロングスタイルのプロレスでした。
そう、いつだって長州力が追い求めていたのは、このスタイルのプロレスです。
しかし、このWJプロレスは、借金だけを残し、崩壊してしまいます。
また、その借金は、長州力と他のプロレスラーとの絆までも奪っていくのであった。
この件については、プロレス界全体の黒歴史でもあるので、これくらいにしておきましょう。