2021-11-01から1ヶ月間の記事一覧
88サマーファイト・シリーズ&スーパー・マンデーナイト・イン・ヨコハマ 1988年8月8日 横浜文化体育館 IWGPヘビー級選手権試合 藤波辰巳 VS アントニオ猪木
まあ、私の場合、物事に対して生まれながら寛容な部分ってあるんですね。 試合の中では別ですけど、ひとつ問題が起こると、それが組織にとって非常に重大なことであっても、なんとなくそれを許容してしまうんです。
山本小鉄は「社長のアントニオ猪木、副社長の坂口征二、営業本部長の新間氏を失脚させて新日本を改革する」と内部改革を言い出したことで、当初構想に掲げていた新団体設立へと動いていた大塚直樹氏との間に亀裂が生じていました。 新団体設立の資金調達は、…
1983年6月30日 第12回定時株主総会の事業報告書を見た営業部長の大塚直樹氏は、その不信感から、翌7月1日 山本小鉄へ相談をしました。 山本小鉄もまた、アントンハイセルへ資金が流出し、選手や社員への還元がされていないと感じ、現状に不満を持っているこ…
1983年当時新日株主だった営業部長の大塚直樹氏が1983年6月18日に行われた株主総会に出席したことより、20億円の売上がありながら、経常利益が1億2千万円、配当無しにもかかわらず、繰り越しが750万円という決算発表に疑念を抱き、やがて、その不透明なお金…
いつも見て頂きありがとうございますm(_ _)m今日は、80年代のプロレスについて少し書いていきたいと思います。 《目次》 1.80年代のプロレス 2.アントニオ猪木の存在 3.プロレスにおける世代 4.まとめ 1.80年代のプロレス 僕はいわゆるプロレスヲタクなので…
G1 CLIMAX SPECIAL 1994 1994年9月23日 横浜アリーナ INOKI FINAL COUNTDOWN 2nd プロレス VS 柔道異種格闘技戦 アントニオ猪木 VS ウイリエム・ルスカ
プロレスラーは、マイクパフォーマンスで数々の名言をこの世に誕生させてきました。 そのマイクパフォーマンスに私たちファンも同じように、熱くなり興奮し、それによってストレス解消をしていました。そんな熱いプロレスラー達が残した熱い名言をまとめてい…
プロレスラーは、マイクパフォーマンスで数々の名言をこの世に誕生させてきました。 そのマイクパフォーマンスに私たちファンも同じように、熱くなり興奮し、それによってストレス解消をしていました。そんな熱いプロレスラー達が残した熱い名言をまとめてい…
ブラディ・ファイト・シリーズ 1981年9月23日 田園コロシアム アンドレ・ザ・ジャイント VS スタン・ハンセン
INOKI闘魂LIVEパート1 1986年10月9日 両国国技館 プロレス対マーシャルアーツ異種格闘技戦 前田日明 VS ドン・ナカヤ・ニールセン
新日本プロレスが提言したIWGPとはなんだったのか
WFFビッグ・ファイト・シリーズ第2弾 1981年4月23日 蔵前国技館 タイガーマスク VS ダイナマイト・キッド
IWGPチャンピオン・シリーズ 1986年6月17日 愛知県体育館 第4回IWGPヘビー級王座決定リーグ戦Aグループ アントニオ猪木 VS アンドレ・ザ・ジャイアント
85 IWGP&WWFチャンピオンシリーズ 1985年6月13日 愛知県体育館 第3回IWGPヘビー級選手権試合 アントニオ猪木 VS ハルク・ホーガン
84IWGP 1984年6月14日 蔵前国技館 第2回IWGP決勝戦 ハルク・ホーガンVSアントニオ猪木
IWGP決勝リーグ 1983年6月2日 蔵前国技館 優勝決定戦 アントニオ猪木 VS ハルク・ホーガン
俺が業界のど真ん中を突っ走ってやる 長州力の黒歴史となってしまったWJプロレス
ビッグ・ファイト・シリーズ 1982年5月26日 大阪府立体育会館 WWFジュニア・ヘビー級選手権試合 ブラック・タイガー(王者) VS タイガーマスク(挑戦者)
選ばれし者の恍惚と不安、ふたつ我にあり 第二次UWF旗揚げ時 前田日明の名言
山本、Uはおまえなんだよ UWFにバリヤーを張るターザン山本に長州力が言った一言